"Lean Startup Japan"

新規事業を成功させる4つのステップ

ケーススタディ3「成功するスタートアップの事業方向転換手段 “Pivot” YouTube, PayPal,そしてFacebookでは」

以前の投稿でもお知らせしたとおり、リーンスタートアップの理解に欠かせない、いくつかの重要なキーワードをご紹介していきたいと思います。

今回ご紹介する、最初のキーワードは”Pivot(ピボット)”です。

Pivotとは、回転する円盤の「軸」などを意味する単語ですが、動詞では「旋回する」という意味になります。

スタートアップにおけるPivotとは、事業や製品の方向性を起業時から徐々に旋回し、市場のニーズと一致するプロダクトを見い出す行為に使用されます。

顧客開発モデルの顧客発見ステップで記述した製品仮説と顧客仮説を、顧客実証ステップでエバンジェリストユーザに対する販売を通じて検証し、仮説の修正を繰り返すことで両者を一致させるのがPivotです。

成功している有名なスタートアップが、起業当時は別の事業プランであったことは様々な企業で有名な事実ですが、今回ご紹介するケーススタディは、Webサイトアクセス分析サービスを展開している”KISSMetric社”のCEO、Hiten Shahによる講演から、同社や他のスタートアップがいかにPivotを行ったかの事例をご紹介します。

参照した講演は、以前にご紹介したDropboxのケーススタディ同様、2010年4月に実施されたリーンスタートアップ・カンファレンスにて発表されたものです。

まずはKISSMetrics社以外の事例として3つの有名企業のPivot事例を紹介します。

まず最初の事例は”YouTube”です。

ビデオ投稿サイトとして人気を集め既にGoogleに買収されたYouTubeですが、設立当初提供していたサービスは「デート・サイト」でした。

登録会員がデート相手を検索できるサービスとしてスタートしたYouTubeは、その1つの付随サービスとしてビデオの投稿を提供していました。

しかし、サービス開始当初はビデオ投稿はメインのサービスではなく、デート相手のマッチングこそがメインサービスだったのです。

しかし、登録会員がデート相手の検索よりもビデオ共有で利用する機会が多いことを発見したYouTubeは、そのサービスをビデオ共有1本に絞り込んで成功します。

こうして、ユーザのニーズから事業の方向性をPivotし、スタートアップとして成功をおさめたのです。

続いてはネット上の決済手段として定着しているPayPalの事例です。

PayPalの設立時のサービスは、当時人気があったハンドヘルドPC”Palm Pilot”への送金が可能なサービスを提供していました。

しかし、同時に提供していたeメールアドレス宛の送金機能がほとんど全てのECサイトでも利用可能であったことから、事業の拡張性にフォーカスしたPayPalはこの機能に絞り込んだサービス提供を行って成功します。

PayPalの場合、最も拡張性のある機能に絞り込むことによって事業の独自性を高め、特定の決済手段を提供するスタートアップとしてPivotしたことによって成功した事例だと言えます。

そしていまや世界最大のソーシャル・ネットワーク・サービスFacebookです。

Facebookの設立時、ソーシャルメディアとしてはMySpaceよりも小さな存在でした。

Facebookが当初ターゲットしたのはカレッジの学生で、サービスは学生を中心に拡大します。全米の80%から90%の学生がFacebookアカウントを取得しているという状況になったとき、Facebookの最初のPivotが訪れます。企業へのアカウントの開放です。

全米のほぼすべての学生に対する強力なプロモーションツールとしての地位を築いたタイミングで、学生をターゲットしたい企業を中心としてアカウントを開放し、ニッチなユーザをターゲットしたソーシャルメディアから大きく飛躍します。

企業のアカウント登録によってマーケット情報が充実したFacebookは、いよいよ会員の制限を撤廃し、すべてのユーザに対してアカウントを開放します。Facebookはこの方向転換により、全世界で5億人以上を集めるソーシャルメディアへとPivotしたのです。

さて、今回のケーススタディの主役である”KISSMetrics”へ移りましょう。

KISSMetricsは、世界中に乱立しているサイトアクセス分析サービスを提供するスタートアップの1つですが、他の一般的なアクセス分析サービスにはない強力なある機能を提供しています。それは「コンバージョン・ファネル分析」です。

ファネル分析とは、マーケティングの分野では広く分析指標として活用されていますが、サイトのアクセス分析ではまだ機能を提供する企業は数えるほどです。

一般的なアクセス分析では、収集する対象はPV/UUといったありふれたカウントから、検索キーワード、ブラウザ種別などといった情報を提供しています。

しかし、こうした情報を入手しても、Web担当者は何を次のアクションに移せばいいのか判断ができません。特に、商品の購入や会員登録数を増やすための施策として有効な手段を提供してくれる訳ではないのです。

KISSMetricsが提供するコンバージョン・ファネル分析では、サイトを訪問したすべてのユーザ(まだ会員登録前)を追跡することが可能で、登録をせずにサイトを離脱したユーザがなぜ、どこで離脱したのかを分析することができます。Web担当者はこの分析結果から「どこを」「どう」修正すればコンバージョン率が上がるかを的確に把握することが可能なのです。

当然、KISSMetricsも、設立当時からこの分析機能を提供していたわけではありません。

いくつかのPivotを経てたどり着いたのです。

ではその遍歴を見てみることにしましょう。

■設立当時のアクセス分析情報(製品仮説・顧客仮説)

最初にサービスを開始したときにKISSMetricsが提供していたサービスの方向性は、当時、ソーシャルアプリケーションの開発者から得たニーズに基づくものでした。ソーシャルアプリケーションの開発者は、分析指標がカスタマイズ可能であれば喜んで分析に費用を支払うし、非常に成長が見込めるターゲット市場だとの判断によるものです。

しかし、アクセス解析で得られる指標をカスタマイズ可能な状態で提供したにも関わらず、ユーザは思うように伸びていきません。

ここで得た教訓は、

・アプリケーション開発者が必要としているのは分析ではなく「成果(コンバージョン)」であること

・「成果」を得るためにアクセス解析を行うというのはアプリケーション開発者だけでなく、ブロガー、マーケター、プロダクト・マネージャなどに共通だということ

・彼らが必要としているのは個々の分析数値ではなく、そこから見出される分析結果の「レポート」であること

などを学びます。

■最初のPivot

ソーシャルアプリケーション開発者向けに提供したサービスの失敗から得た教訓を活かし、KISSMetricsはアクセス解析サービスの方向性を転換します。

・ターゲットはすべてのWeb担当者

・成果を得るために必要な指標を選択し、レポートをカスタマイズ可能にした

・これをWeb担当者が容易に操作できるダッシュボードのカスタマイズ機能を提供した

しかしこれでもユーザの反応は鈍いまま推移します。

ここで得た教訓は次の通りです。

・Web担当者は何を分析すればいいか理解しているわけではない。

・豊富なカスタマイズ機能は煩わしい

・あらゆる種別のWebサイトに応用可能な訳ではない。

そしてまた新たなPivotを迎えます。

■コンバージョン・ファネル

アプリケーション開発者、Webサイト担当者のニーズを反映させたサービスを提供しても思うようにユーザ数が伸びなかったKISSMetrics社は、ここで成功するPivotを見出すことになります。それはあるマーケターとの出会いでした。

マーケターがアクセス解析に要求する機能は以下の通りでした。

・コンバージョンしない理由に対して有効な手段が打てる解析をしたい

・改善したいのはコンバージョン率の向上のみ

・コンバージョン率が上がるのであれば、喜んで費用を支払う

これによってKISSMetrics社は、ターゲット顧客にマーケターを、提供する機能にコンバージョン・ファネル分析を定義するというPivotを行い、ようやくユーザ数の向上を実現します。

結局、KISSMetricsにおけるPivotは、ターゲット顧客と製品機能を共に絞り込んで一致させたことが成功へとつながりました。

CEOのHiten Shahは、プレゼンテーションの最後を、”Less is More”という言葉で締めくくっています。

【訳者コメント】

Hiten Shahは、プレゼンテーションの中でKISSMetricsのビジョンを紹介しています。

それは、

・Actionable(対応可能な)分析機能を提供する

・SaaSで提供する

・No Touch/Low-Touchなビジネスモデルを目指す

※Touchとは顧客との接触(つまり営業や販促)を意味し、No Touch/Low-Touchとは、営業部隊が存在しなくても販売が成り立つビジネスモデルを指しています。

最初のPivotをして、すべてのWeb担当者をターゲットしたサービスを提供した際、何を分析すれば望みの情報が得られるのかをコンサルティングしながらWebサービスを提供するというビジネスモデルも、事業の方向性として考えたそうです。

しかし、結局は起業時のビジョン、ノータッチ・ロータッチなビジネスにこだわることによって、SaaS型のビジネスモデルとしてPivotし、成功を収めます。

エリック・リースはブログの中でPivotを次のように紹介しています。

keep one foot in the past and place one foot in a new possible future

(片足は過去に置いたまま、もう片足を新たな可能性の方向に置くこと)

つまり、スタートアップが方向転換をする際にも、軸(Pivot)となる片足が大切だということでしょうか。

そして、新たに踏み出す片足の方向性は、製品仮説と顧客仮説に基づき、学習と発見から次の方向性を見出す必要があるのです。

起業後に思うような結果が出なかった時、ただ闇雲に事業を変えていくのではなく、残す片足と踏み出す片足でPivotすることで無駄な支出をすることなく成功する方向性が見いだせるのです。

顧客開発モデルの「顧客発見」と「顧客実証」の2つは、スタートアップが仮説と検証を繰り返しながらPivotするステップです。

ここで拡張可能なビジネスモデルを見いだせないスタートアップは、顧客開拓のステップへと進んでも失敗するのは目に見えています。

起業後にいかに方向性を定めていくかという最初の課題に取り組むにあたり、すべてのスタートアップにはPivotという考え方をぜひ理解していただきたいと思っています。

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KISSMetrics

設立:2008年5月

従業員数:9名

http://www.kissmetrics.com/

2008年True Venturesから$1MMのシードファンディングを受けて設立

2009年半ばにはPolaris Venturesから$3MMの増資を受けたほか、SoftTechVC, Felicis VenturesといったVCやDave McClure, Mark Goines, Shervin Pishevar, Bobby Yazdani, Nils Johnsonといったエンジェルからも資金提供を受けている。

2010年12月現在未上場

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顧客開発モデルの学習と教訓 そして日本では・・・

前回までの4回にわたり、スティーブ・ブランクの「顧客開発モデル」を各ステップごとに紹介しました。概要レベルでは伝えられなかった教訓が伝わることを願いつつ執筆したつもりですが、各所において専門的な表現が避けられず、また、ブログ記事としては長すぎる文章になってしまったのが後悔です。

今後はさらにテーマを絞った記事を書いていこうかと思っていますが、今回はちょっと振り返り的な投稿をしてみたいと思います。

ところでみなさんは、4回の連載中、各回によって、大きくテーマが変わったことに気づかれたのではないでしょうか?

これは、スティーブ・ブランクが本書で扱ったテーマ、すなわち、スタートアップの失敗パターンを非常によく表していると思います。

私が思うに、スティーブ・ブランクが見出したスタートアップの代表的な失敗とは、

1.技術者による製品開発偏重による失敗

2.大企業出身の営業およびマーケティング担当による、市場タイプを無視した戦略策定による失敗

3.”出資者”の問題

の3つなのではないでしょうか。

いつの時代も技術者は自分が作る製品はとても優れていて、完成して世の中に出しさえすれば必ず売れると信じてしまう習性と、大企業出身の営業・マーケティングのプロたちが、自分が他の企業でやってきたのと同じ戦術で失敗する姿を繰り返し見てきたのでしょう。

そうした失敗からの「学び」が、製品開発偏重は「顧客発見」に、営業・マーケティング担当者による失敗は「顧客実証」「顧客開拓」に、そして出資者のプロセス指向による失敗が「組織構築」に反映されているのだと思うのです。

リーンスタートアップの提唱者エリック・リースは、スタートアップのソフトウェア開発がウォーターフォールでは学習と発見には適応しないことから、アジャイル開発による反復的な製品リリースを提唱しています。現時点でのリーンスタートアップは「顧客開発モデル+アジャイル開発」として語られることが一般的です。エリック・リースのこの提案は、スティーブ・ブランクが提唱した顧客開発モデルにとって、テック・ベンチャー領域におけるトラクションを加える結果となりました。

しかし、現実的な問題としては、これらの概念ではスタートアップに必要なすべての要素はカバーされておらず、リーンスタートアップの教訓だけでは起業は成功しないのも事実です。

例えばファイナンスの問題。特にシード期の資金調達は日本では大きな課題であり、どのような資金調達がスタートアップを加速させるのかについてはもっともっと失敗からの教訓の蓄積が必要です。

こうした状況を見ると、リーンスタートアップとは「進化させていくフレームワーク」のような気がしており、様々なバックグランドを持った専門家(例えば人材採用など)によって教訓が持ち込まれることで、更にスタートアップ・バイブルとしての価値が増していくように思うのです。

また、スタートアップを取り巻く環境は国や地域によって異なっており、その地域固有の教訓というものも存在しています。ということは、将来的にはリーンスタートアップは地域ごとにローカライズされ、そのバイブル価値が上昇する可能性を持っているのではないでしょうか。

リーンスタートアップは様々な国や地域でMeetupと呼ばれる会合が開かれ、熱心なアントレプレナーやキャピタリストによって情報交換や勉強会が開催されています。こうした集まりで彼らの中心的な議題は「新たな発見を共有し、学習すること」であり、成功者の戦略をただ聞いているだけではありません。

現在の日本のスタートアップ事情を振り返ったとき、シリコンバレーとの比較により、様々な分野についてアントレプレナーを支援する環境や知識、文化の違いなどが語られています。

しかし、もっとも欠けているのは「失敗から教訓を見出し、共有できるプラットフォーム」の存在であり、これは日本に限った問題ではありません。世界中のアントレプレナーが必要とする、世界共通の課題なんだと思います。

製品開発のこと、資金調達のこと、人材採用、マーケティング、営業、組織戦略など問題の種別に関わらず、成功事例にはスポットライトがあたりますが、失敗について多くを語る場所が存在しない・・・。

シリコンバレーのアントレプレナーやVC達はそのことにいち早く気づき、スタートアップにイノベーションを起こそうとしているのが「リーンスタートアップ」の取り組みの本質なのではないでしょうか。

私にとってリーンスタートアップの価値とは、スタートアップの失敗を積極的に持ち込み、そこから得られる教訓を見出していく場としてのものです。すでにスティーブ・ブランクやエリック・リースが書き記したものをリファレンスすることではありません。彼らが発信する情報を「ふむふむ、なるほど」と受け取っているうちは、いずれ時代の変化と共に廃れていくひとつの情報に過ぎないでしょう。

私は、そうしたインフラを整備するためには、まずはリーンスタートアップが広く認知される必要があると考えています。少なくとも、失敗から教訓を見出した貴重な先駆者たちが、情報を共有するための場所として認識できるようになるまでは。

そのためには、もっともっと多くの情報を自分から発信し、より広く、より深く、そしてより多くのアントレプレナーと交流していくことがまず最初の課題です。

どのような形で実現していけるのかはまだ手探りの状態ですが、きっとよい機会が見つかると信じてこのサイトを続けていくつもりです。

ぜひフィードバックをお寄せください。

一つ一つのご意見が、大きな明日につながると信じています。

どこかでこの記事を読んでいただけているみなさまと、近いうちに熱い想いを語れる日が来るのを願いつつ!

Toshihisa Wanami