"Lean Startup Japan"

新規事業を成功させる4つのステップ

エンタープライズにおける「新規事業成功の定義」とは

 

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ずらりと並んだ新規事業やベンチャー成功に関する書籍。新規事業開発や起業に関わる方であれば一度は手に取ったことがある書籍も含まれていることでしょう。著者の経歴を見ると、中小企業診断士やコンサルタントを職業とする方から、学術機関の研究者、投資家、そして起業家などが並びます。

私はプロセスコンサルタントの立場から、新規事業を成功に導くプロセスの研究を長く続ける過程でこうした書籍を数多く熟読してきたのですが、常にあるひとつの質問を掲げながら、こうした書籍を読んでいます。その質問とは・・・

そもそも新規事業の成功の定義ってなんだろう・・・そしてこの書籍ではどのように定義しているのだろう・・・です。

みなさん、こうした書籍を選ぶ際に、その本が設定している成功の定義と自分たちが設定している目標が一致していることを確認していますか?これらの書籍はいわば「手引き書」な訳ですが、手引きである以上、目標が一致していないことには役に立つのかどうかは分からないはずです。英語のTOEIC受験を目指しているときには、教材として「旅行の英会話」などの書籍を手にしないのは当たり前にも関わらず、ことが新規事業開発になると、その成功の定義を確認せずに様々な手引き書を参考にしてしまいます。
例えば早稲田大学大江教授の著書「なぜ新規事業は成功しないのか―「仮説のマネジメント」の理論と実践」という書籍では、まず新規事業の定義として以下のような記述があります。

「既存事業の水準を超えて、企業が新たに学習しなければならない未知の事柄が含まれる事業」

そして、新規事業の目標は、新規事業の規模を推し量る「利益」「利益率」「市場占有率」の3つから設定すべきであるとしています。
つまりこの書籍で論じられている新規事業開発手順によって得られるのは、目標に設定した利益、利益率、市場占有率を達成するということ、これが成功の定義だと言えます。
私のクライアントに同様の質問「この新規事業はどのような状態になれば成功したと言えますか」と尋ねると、ほとんどのケースで「事業の立ち上げに成功し、スケールして大きな収益・利益をもたらすこと」という返答が返ってきます。「新規事業投資」を決意した理由や背景は様々あれど、つまり、明確な数値が設定されているかは別として、基本的には新規事業開発成功の定義は、収益・利益において企業に貢献する新たな事業を開発することと捉えられています。

こうした定義は一見すると真実のように見えますし、冒頭でご覧頂いた書籍群もあたかもこの定義こそが新規事業開発成功の暗黙知的な了解になっているかのようです。しかし、これは本当にすべてのステークホルダにとって「共通」の目標や成功の定義と言えるのでしょうか。経営者、新規事業開発担当者、場合によっては投資家やパートナー企業も含め、「明確に」成功の条件が定義され、その目標に向かって最適化されたプロセスで事業開発が行われることはあるでしょうか。

ここでひとつの事業事例を見てみましょう。アシックスという企業が行っている「ASICS RUNNING LAB」というサービスがあります。ASICS RUNNING LABは、ランナーの4つのポイント(1.体格的な特徴、2.ランニングフォーム、3.脚の筋力、4.全身の持久力)を、まるでオリンピック選手にでもなったかの環境で測定して、改善すべきポイントのレポートを作成してくれるというサービスです。ひとりのランナーの測定に複数のスタッフがついてくれ、ランナー自身の写真に修正すべき点が記載された個別レポート作成まで入れて、料金は21000円です。

asicsrunninglab
http://www.asics.co.jp/running/lab
さて、これを見てみなさんはこのビジネスではどのような成功を定義されているかを考えてみて下さい。

アシックスはご存じのように野球やジョギングなどのスポーツ器具の製造販売を主力事業とするメーカーです。ということは、ランナーのランニング能力を測定してレポートを提供するというASICS RUNNING LABは完全なる新規事業だと言えそうですが、前述の「利益・利益率・市場占有率」や「スケールして大きな収益・利益をもたらす」を成功の定義として事業投資されたと考えられるでしょうか?また、こうした新規事業を立ち上げる際に、前述の書籍は参考になるのでしょうか?

さて、みなさんはこの新規事業成功をどのように定義しましたか?
恐らく多くの方が、以下のいずれかを挙げたのではないでしょうか。

  1. 測定料金の売上げによる収入増
  2. 測定後のアシックス商品の販売収益
  3. こうしたサービスを通じた、顧客の囲い込み
  4. 利用ユーザの口コミによるマーケティング効果
  5. 測定から得られるアマチュアアスリートの詳細なデータの価値

1と2は前述の書籍における成功の定義とも合致する点がありますが、3〜5を新規事業を始める際の成功と定義し、それを実現する手法を紹介している書籍はほとんどありません。しかし3〜5のいずれも、もしこの事業を行っていなければ、アシックス自身が多額の費用を支出することでしか得られなかった価値群な訳ですが、それをわざわざユーザが21000円持参で実施できるとしたら、実は1、2の販売目標額よりも遙かに大きな効果が得られる可能性があります。特に詳細なデータは無料モニターや実験協力者などではなく本物のユーザから取得されているため、とても信憑性が高く、こうした取組みを行っていない同業他社に比べると、新製品開発に大きなアドバンテージがあると判断できます。

このように考えていくと、エンタープライズが新規事業開発に取り組む理由は単純にビジネスモデルを構築し、収益・利益を増加させるだけだとは言い切れないかもしれません。収益・利益以外にも新規事業を立ち上げることで得られる効果は、ざっと挙げていくだけでも以下のように実に多彩なものになります。

  • 知識や技術
  • 技術を元にした特許や、商標・意匠などの知的財産
  • 知的財産から得られるライセンス収入や参入障壁
  • 知的財産の有無にかかわらず、技術や事業の売却益
  • 特定の技術やビジネスモデルを展開することによるコーポレート・ブランディング
  • ブランド力向上による既存事業や人材採用などへの貢献
  • 新規事業から獲得できる特定ターゲット層の顧客やアカウント
  • 特定分野への事業進出によって得られる補助金、助成金、入札資格など
  • 新規事業を展開することによって得られる様々なデータ
  • 従業員への福利厚生の一環

こうしてみると、新規事業開発の目的とは以下のように定義するのが適切かもしれません。

既存事業では得ることができないハイリターンな営業収益・利益が見込まれる事業の確立を中心に、同時に、新たなブランド価値、データ、顧客、資格、営業外収益などを得るための総合的な取組み

企業は投資活動を通じて成長しますので投資を止めることはできません。仮に新規事業として立ち上げたビジネスモデルや製品が伸びなかったとしても、投じた資本が易々とサンクコスト(埋没費用:回収不能になった資本)として処理されてしまうと、その企業における新たな投資欲は次第に減退していきます。ビジネスモデル化によるスケールアップがたとえ困難であっても、上記のようなありとあらゆる手段を講じた「投資した資本の回収」を行うことにより、企業の投資欲は常に高く保つことができそうです。本来の新規事業開発担当者のミッション定義としては、こちらの方が圧倒的に「ステークホルダ間で合意できる目的」となる可能性があります。

しかし、高度に細分化された現代の企業では、販売開始以降に新規事業設計担当者がそのミッションを継続することは希です。すでに担当は営業・マーケティング部門に移管され、残念ながら踊り場で停滞した新規事業はやがて経営者の最終英断にてサンクコストとして処理されるのが通常ではないでしょうか。「新規事業開発」を「ビジネスモデル開発」のみとして扱った場合、そのライフサイクルを通じて担当する部署が存在しないのです

昨今ではエンタープライズにおいてもリーンスタートアップは盛んに取り入れられているのですが、コンサルティングを進めていく中で最も大きなチャレンジは、企業内でも新規事業の成功定義が異なるケースに遭遇することです。特に経営層、中間管理職、実務担当者と言ったレイヤ間における成功定義の違いは、ある程度まではリーンなプロセスで進んだ事業開発を、結局、途中で停止させてしまう原因になります。

新たに導入するプロセスのあるべき姿とは「目的と手段」が一致している状態であり、企業内における新規事業開発成功の定義が「新たなビジネスモデルによる収益および利益確保」で統一されていれば、まずは小さなキャンバスから仮説検証を始めるというリーン・プロセスは、初期段階において大きな効果を発揮することはできます。しかし、もし前述のように経営者が「投資回収」を最も望んでいる場合、このようなプロセスだけでは、リーンという文化は企業に浸透し、継続されていくことはないのです。

さて、新規事業開発に携わるみなさんは、いま関わっている事業開発の成功をどのように定義していますか?
そして、社内における投資家である経営陣とは、その定義を共有していますか?

弊社で開催している「リーン・ファシリテーター」は、こうしたエンタープライズ固有の問題を対象とした「リーンスタートアップ」プログラムです。「新規事業開発あるある」のひとつである、「イノベーションを推奨していた経営者自身が、いつしか短期的な利益を要求し始める」などの現象が頻繁に起こるようであれば、今回の記事のように成功の定義がズレていることが原因である可能性は非常に高いと言えます。こうした事態の打開には、常にリーンをファシリテートする専門家の育成が効果的です。エンタープライズにおける新規事業に関する数々の問題は、デザインシンキングなどによるマーケット目線の導入や、キャンバスなどに代表されるベンチャー文化のまねごとだけでは解消しないのが現実なのです。

次回のセミナーが、4月15日(水)にて開催が決定しましたので、事業開発担当および経営者のみなさんにぜひご参加頂きたく存じます。

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http://peatix.com/event/79902

会場でみなさんとお目にかかれること楽しみにしております。

新規事業成功確率を数式化する!その新規事業の成功確率は測定出来るのか?

前回の投稿では、企業におけるリーンスタートアップの導入には、新規事業設計責任者とリーンスタートアッププロセス設計責任者の分割が効果的であるとお伝えしました。両者は目的と手段の関係にあるので、担当も一緒にしてしまいがちですが、その効果測定はまったく異なる基準であるため、できる限り明確に責任を分離した方が運用は容易になるのです。詳細は前回記事をぜひご覧ください。

さて今回は「新規事業の成功確率」は定量的に測定できるのか?というテーマでお話ししたいと思います。なぜなら、エリック・リースは書籍の中でこう言っているからです。

「アントレプレナーシップとはマネジメントだ」

“Entrepreneurship is a kind of management”

私の理解では、マネジメントされている状態とは、その理論にそって取られた行動はやがて意図した結果にたどり着くことを指します。とにかく小さく始めてみよう精神に則り、行き当たりばったりでアイディアを投げ込むことが、リーンではないことを理解しなければなりません。

新規事業開発以外の企業経営には様々な経営指標があり、この指標から算出されるデータに基づいて経営者は次なる判断をすることが可能です。例えば、収益に対して利益が少ないことを課題に感じている経営者がいるとすれば、原価の割合である「売上原価率」を見れば状況を適切に判断することができます。売上原価率の算出式はこうなります。

売上原価率 = 売上原価 / 売上高 * 100%

この公式が存在することによって、利益を増やすための施策として、

  1. 現在の製造コストはそのままで差別化戦略によって販売価格を上げる
  2. 販売価格はそのままだが、生産工程を根本から見直し、製造コストを下げる
  3. 販売価格を向上と製造コストの削減を同時に実行する

の3つのどれかを実行すれば、売上原価率が改善することが分かります。

経営者はこの単純な数式が存在することにより、収益の向上を重点的に目指すか、それとも費用の削減に集中するかを検討し、企業の戦略を定量的に判断できるのです。

従業員もこうした単純な数式が示されることによって自社の戦略を容易に理解できますので、数式の存在は、経営をとても楽にすることができ、結果に対する不確実性を軽減できるのです。

しかし、実は新規事業開発に特化した経営指標となり得る数式はほとんど存在していません。

投資の概念から考えれば、ROI(投資利益率)やROE(株主資本利益率)などの指標が存在していますが、これは投資した「結果」の評価指標であり、今まさにチャレンジしようとしている新規事業の成功確率を判断するものではありません。どちらの指標も決算後の利益を元に算出されるため、新規事業のローンチされ、収益が生じるまで何も評価できないのです。経営者としては、まだ収益を生んでいない投資の進捗についても、できる限り定量的な測定が出来てしかるべきです。ですが、ここを測定する仕組みがないことが新規事業開発の進捗を定性化し、新規事業の継続に大きな影響を及ぼしていくのです。

では企業が今まさに開発中にある新規事業の成功確率はどのように測定できるでしょうか。

前回の投稿では、新規事業開発担当者と開発プロセス設計担当者の分離を推奨しました。この2つは同じ目的のために存在していますが、評価基準が異なるため、分離することが望ましいわけです。

つまり、新規事業とは、新規事業案が「良さげ」なだけではダメですが、反対にプロセスの効率ばかり向上させていても的外れなアイディアでは勝負になりません。つまり、この2つは常に平行して向上させていくものだということです。

ということは、素直にこれを数式に表すと以下のような表現になるでしょうか。

新規事業成功確率 = 新規事業アイディアの質 * 事業設計プロセスの投資効率

どうでしょうか? 事業アイディアの洗練と、それを最も効率の良いやり方で事業化を進めということが、最終的にはその事業の成功確率につながるということが表現できていますでしょうか。

これらをもう少し適切な表現に直していきましょう。

新規事業アイディアとは、成功するまでは単なる仮説です。ですから「新規事業アイディア」を「仮説の確からしさ」と言い換えてみます。

新規事業成功確率 = 仮説の確からしさ * 事業設計プロセスの投資効率

例えば、まだ世の中に存在していない製品・サービスを開発するという場合には、この「仮説の確からしさ」は著しく低い状態にあるといえますから、それを進めていく事業設計プロセスの投資効率は、よりリーンな分散投資へ向かっていくことで、新規事業の成功確率は向上します。逆に「がんの特効成分が自社の研究室で発明された」ぐらいに事業成功が確からしい仮説が出来た際には、それを進めていくプロセスはとにかくムダを徹底的に排除した「ウォーターフォール型」が最も事業の成功確率を向上させます。つまり、この数式が表現するものとは、仮説の確からしさが定量的に測定でき、それを実現するための最も適したプロセスで開発が行われれば、結果として新規事業の成功確率は向上することを表現しているのです。

そもそも多くの新規事業はぜんぜんニーズの確定していない状態からスタートしますので、こうした事業アイディアは「仮説の確からしさ」がほぼゼロからスタートすることになり、その結果として、初期段階の事業設計プロセスは常にリーンでなければならない、ということなのです。

問題は「仮説の確からしさ」とはどのように定量的に測定できるか?ですよね。確かにここが最大に難しい問題です。

しかし、実際にリーンな事業開発を行う現場では、まさにこの命題に取り組むことこそが事業開発担当者の主なミッションであり、ただ単純に飛躍したアイディアをひねり出すこと※や、意味のないユーザ獲得に明け暮れることがなくなるだけでも、とても大きな効果はあるのです。

※もちろん、飛躍したアイディアを生み出す作業も重要な作業であることは変わりませんので誤解なく(飛躍したアイディアとは、検証されなければただの妄想です・・・)

調査フェーズでは、SWOTやPEST、3C、5Forceといった分析が仮説の確からしさを向上させるでしょう。しかし、机上の調査をいくら進めたところで、検証されていない分析結果はすべて仮説の確からしさはゼロです。仮にこれを「仮説の確からしさ」の評価指標として取り決めておくだけで、仮説を設定した次に実行すべきは効果的な仮説検証に向かざるを得なくなります。確からしい仮説が生まれたら、それはそのままでは確からしさがゼロであるため、即座に効率の良い設計プロセスへ手渡されるべきなのです。そして検証を重ねるごとに検証結果(フィードバック)が判断され、仮説の確からしさが向上したかどうかの判断が繰り返されていきます。数式の2つの要素(仮説とプロセス)を行き来することで、左辺(新規事業の成功確率)が向上するという仕組みです。

この数式に従って新規事業開発を進めていけば、新規事業の成功確率が上がらない場合でも、仮説の確からしさが向上していないのか、それとも、もっともらしい仮説が生まれているにも関わらず、効率の良い検証プロセスが設計されていないのかが定量的に判断できるようになります。これだけでも、企業の取り組みを数式化することには大きな意味があるのです。

多くの企業では、新規事業開発の成功確率向上に向けて、単純に事業アイディアの洗練だけを行ってきました。しかし、こうして数式にしてみると、それだけではやるべき作業の全体をほとんど押さえていないことがよく分かります。先にご紹介した売上原価率の概念がなかったとしたら、企業は利益を上げるためにひたすら売上げ増だけをがんばりますが、結果として販管費が膨れあがり、売上原価率は向上しても販管費率が上昇して増益につながらない、という堂々巡りをするかもしれません。これと同様に、新規事業開発もその成功確率を数式化して分割的にマネジメントしていくことで、成功確率向上に向けた包括的な取組みが可能になるのです。

次回からはリーン・ファシリテーターのミッションを更に詳細化しながら、企業がどのように新規事業開発を「マネジメント」するのかを考察します。